このコーナーは日本健康麻将協会理事長が健康麻将開催会場の方々向けに作ったメーリングリストの内容を転載しているものです。
 マージャンにまつわる面白い話があり、HPでも紹介することになりました。


----------------------------------------------------------

 国際的な偶然


 麻将で国を越えた偶然を発見しましたのでご紹介します。これは健康麻将墨田サロン・紫光の金上繁さんから寄せられたお話です。
’03年11月15日(土)夜11時NHKの「地球に乾杯」と題する中国の麻将のドキュメンタリー番組で、高齢のご婦人が


  東東東西西北北中中中   南南南(ポン) 


 の手牌に「北」をツモってアガったシーンがありました。金上さんも15〜6年前、同じ役をアガったなと懐かしくみていたそうです。
 その日はただそれだけだったのですが、翌16日(日)金上さんの店で大会があり、びっくりすることが起きたのだそうです。半チャン5回戦の大会の2回戦で、役満と騒ぐので見に行くと騒ぐはずです、ご婦人OEさんが上の図とまったく同じダブル役満でテンパイしていて、OEさんの手の中にはしっかりと「北」が握られていたのです。この日は久しぶりにご主人と一緒に参加していて、お天気もよく晴れた暖かい穏やかな気持ちの良い日で、店からも役満賞を差し上げ、大会の総合成績も2位になり、皆さんで祝福したそうです。


 それにしてもなんと偶然の出来事でしょう。前日のTVの放映で中国の女性が歴史的な大会であがった、その珍しいダブル役満と同じものを翌日にしかも大会で実現するこの国境を越えた国際的偶然、だからマージャンはおもしろいのですよね。 今回の話はいかがでしょうか。協会のおしらせ、麻雀界情報、健康麻将運営情報、びっくりした話、うれしかった話、こんなことをしたらお客様から喜ばれた等など、取りとめもなく書きますが、役に立たなければ笑ってください。参考になればどうぞ採用してください。それよりも皆さんからのいろいろな情報をお寄せいただきたいのです。 皆さんからも面白い話、出来事、アイデアなどなどお寄せください


                                                        日本健康麻将協会                                                        理事長  田嶋智裕
----------------------------------------------------------

 健康麻将スタッフの資質


 「健康麻将に携わるスタッフがみんないい人達ですね」と、よくお客様から言われます。「お蔭様で、ありがとうございます」と、お礼を言いますが、大切なノウハウがあるのです。それは、若いバイトの青年たちを採用する際、その子達が育つプロセスで祖父母と一緒に過ごしたかどうかなのです。面接の時の質問は必ず「子供のときおじいちゃんかおばあちゃんが家に一緒にいた?」これが一番大切なことで、「僕はおばあちゃん子だった」とか「私はおじいちゃんが好きだった」だったら即採用です。

 
 核家族で育つと高齢者が居なかったためか、彼らとコミュニケーションができない子供たちが多いようです。高齢者の手のシミとかシワが汚らしく思うのか、握手すらしません。サービスに従事していて、必要最小限の交流しかしていない核家族育ちの子が、意にそぐわない人と「一回一緒にやって下さい」とお願いすると、「嫌っ」と拒否されてしまうケースが多いのです。それにひきかえ、三世代同居で育った子がお願いすると不思議とうまくいくのです。普段から健康麻将のお客様たちとうまくコミュニケーションできているからなのです。

 
 なぜか、それは本人の育つプロセスで、高齢者、障害者、弱い人たちの立場をよく理解しているからなのです。弱い人達の立場で物事を判断できる資質を身につけて育ったのです。そのことを私が気がついたきっかけは、18年くらい前です。二人の若い男の子がいて、ひとりは昼間の健康麻雀(そのころはまだ雀だった)に向いている。
片方の子は昼間の仕事中元気がない。私から見れば両方ともいい奴なのにこの違いは何なのか?考えながらお観察し、ひょっとしたらとそのことに思いあたったのでした。
 そして核家族育ちの子を夜のセット営業の方に移ってもらったのでした。


 1ヶ月前、山手線の電車の中で、杖をもったおばあちゃんとおかあさんに小6か中1くらいの男の子が乗ってきましたので、私が席を立つと、3人ともお礼を言うのですが、その男の子が特に丁寧にしかも、はっきりと言うのです。電車は走り、数駅過ぎて私が渋谷で降りるとき、また、その男の子が頭を下げて「ありがとうございました」と。本当にびっくりしました。と同時に私は「あっ、やはりそうなんだ」と納得したものでした。


 日本に昔からあった大家族制度が少なくなりつつあるようですが、もったいないことだ、憂うべきことだとつくづく思うのです。




 今月の話はいかがでしょうか。協会のおしらせ、麻雀界情報、健康麻将運営情報、びっくりした話、うれしかった話、こんなことをしたらお客様から喜ばれた等など、取りとめもなく書きますが、役に立たなければ笑ってください。参考になればどうぞ採用してください。それよりも皆さんからのいろいろな情報をお寄せいただきたいのです。

皆さんからも面白い話、出来事、アイデアなどなどお寄せください


                                                        日本健康麻将協会
                                                        理事長  田嶋智裕
----------------------------------------------------------
お父さんが生きているうちに麻雀を知っていたら。

S.Oさん

23年前、六本木で健康麻雀を始めた時、登録番号一桁の女性のお客様です。そのころ70歳くらいでしたから、いま生きていたら95歳くらいでしょうか。

 ご主人が飲食店を経営していた。麻雀が好きで、しょっちゅう営業時間でも帰ってこない。店はS.Oさんが中心で切り盛りし、麻雀が憎らしかった。

 ご主人が亡くなられてから、お嬢さんが台湾出身の方と結婚されたこともあって家庭で麻雀を覚えた。明るい性格でいつも本当に楽しそうにゲームしていた。「こんなに面白い麻雀だったら、お父さんが生きているうちに覚えたかった。そしたら、もっとお父さんを理解してあげられたとのに」と残念がっていた。

 毎週日曜日は必ず来店される。ある日、私が店の鍵を家に忘れてしまい、家族に届けてもらうまで約1時間、30名のお客様が店の外でお待ちいただいたことがあってから、鍵をS.Oさんにも1個持っていただく事にした。

 タバコが好きで、「命が短くなってもいいからタバコは止められない」と公言してはばからなかった。もともと健康麻将が始まったころは店内を禁煙にはしていませんでした。と言うより、「S.Oさんがあんなに好きなのだから吸ってもらいましょう」という気持ちだった。(協会のキャッチフレーズ“賭けない、吸わない、飲まない”は、健康麻将が始まって5年目に週1日水曜日だけを実験したのが始まりでした)

 子供みたいに無邪気な性格で会員の皆さんから愛されていた。S.Oさん自慢の女のお孫さんは今から20年も前に北京に留学し、北京で通訳としてTVでも大活躍されています。



 今月の話はいかがでしょうか。協会のおしらせ、麻雀界情報、健康麻将運営情報、びっくりした話、うれしかった話、こんなことをしたらお客様から喜ばれた等など、取りとめもなく書きますが、役に立たなければ笑ってください。参考になればどうぞ採用してください。それよりも皆さんからのいろいろな情報をお寄せいただきたいのです。

皆さんからも面白い話、出来事、アイデアなどなどお寄せください


                                                        日本健康麻将協会
                                                        理事長  田嶋智裕
----------------------------------------------------------
2005/8/8 
九死に一生を3回も

 Kさん

 14年前、六本木時代からのお客様です。1922年生、83歳。
マージャンの腕はAクラス.鳴くタイミングとフットワークが抜群。脂っこい食事が好物で、私の店にいらっしゃった時には必ず、近くのイタリアンレストランでスパゲティーを召し上がります。これが元気の源か?

 4ヶ月前、急性胆管炎で入院した折、検査の結果、奥さんも呼ばれて腎臓癌の宣告を受けた。「いよいよ俺もこれでおしまいか」と塞ぎこんで1ヶ月、車椅子の副院長が看護婦を伴い病室にきて最敬礼。「精密検査担当の若い医師が、先走って診たて違いをしてしまいました。誠に申し訳ございません。久保田さんあなたはどこも何ともありません」「九死に一生とはこのことか」と晴れ晴れとした気持ちで退院した。

 彼は、40年前にも胃潰瘍を癌と間違えられた経験があり、極めつけの九死に一生は、22歳の昭和20年1月学徒出陣で特別操縦見習仕官に任官され、特攻隊として訓練を受け、出撃の3日前に敗戦の日を迎えた。今回の癌宣告で3回目の九死に一生だったのでした。

 Kさん、本当におめでとうございました。どうぞ、お元気で長生きしてください。


 今月の話はいかがでしょうか。協会のおしらせ、麻雀界情報、健康麻将運営情報、びっくりした話、うれしかった話、こんなことをしたらお客様から喜ばれた等など、取りとめもなく書きますが、役に立たなければ笑ってください。参考になればどうぞ採用してください。それよりも皆さんからのいろいろな情報をお寄せいただきたいのです。

皆さんからも面白い話、出来事、アイデアなどなどお寄せください


                           日本健康麻将協会
                           理事長  田嶋智裕

----------------------------------------------------------
                                05/7/11

象は屍をさらさない

S さん

 ある日、彼が粗相をした。始末を私が変わり、マージャンを続けたいと言っていたが、「今日は帰ってお風呂にでも入りなさい」とその日は返した。

 3日くらい後に「この間は迷惑を掛けたから」と1万円を差し出す。「それはこちらも仕事だから受け取れないですよ」「それでは俺の心が済まないから」と言う。

 84歳、若い頃は青森で水周りの仕事を自営していたそうで、それを息子に任せて、自分は自由を求めて東京に滞在、港区の高齢者事業団に登録し、お掃除、庭や植木の手入れなどで自立し、好きな麻雀を楽しんでいた。

 将棋も好きで前にやったが、木の上で枝を切ったりしている時に駒が頭に浮かんでくる。麻雀は牌が浮かんでこないから危なくないんだ。とか。

 「自分は一人で生きていられなかったら、田舎へ引き上げるんだ」といつも公言していた。爪の間には黒くゴミが入っていたり、多少清潔感が足りなかったが、その細い目で良く場を観察し、何が出易いかを見極めて打つマージャンに私はいつも負けていた。

 彼の語録ですごいと思ったのは、健康麻将の席で、

 Sさん「あと一人誰が来るの?」

 私「いまトイレにいっていらっしゃいますからもう少し待ってあげてください」

 Sさん「ダメだ、俺たちは時間が無いんだ」 

 84歳、残り時間が少ないと言うのです。これは含蓄のある深い言葉だ。

 粗相事件から3週間は来店していたがいつか気がついて見たら1ヶ月くらい来ていない。心配になって彼が住んでいるお寺の敷地内の小さな家を訪ねたら、お寺の方が「1ヶ月くらい前に息子さんが青森から迎に来て国へ帰りましたよ」

 子供の頃、象が死を迎えると、群れから1頭離れて屍を晒さないなんて話を読んだ記憶があったが、「自分一人で生きられなくなったら田舎に引き上げる」その言葉を思い出したのでした。



 今月の話はいかがでしょうか。協会のおしらせ、麻雀界情報、健康麻将運営情報、びっくりした話、うれしかった話、こんなことをしたらお客様から喜ばれた等など、取りとめもなく書きますが、役に立たなければ笑ってください。参考になればどうぞ採用してください。それよりも皆さんからのいろいろな情報をお寄せいただきたいのです。

皆さんからも面白い話、出来事、アイデアなどなどお寄せください


                                                        日本健康麻将協会
                                                        理事長  田嶋智裕




----------------------------------------------------------
2005/6/13
●子供が見る親の職業

 “子供が親の職業をどう思っているのか”という課題はこの業界では大きな問題だと思います。学校に出す書類の親の職業欄に本職は麻雀業でありながら、その不動産が自分たちのものだと「不動産管理業」と記す話を聞きました。また、ある麻雀業組合長のお嬢さんの結婚式で「ただの一人も麻雀の“麻”の字も発言しなかった」「それは異常だった」と証言した人がおりました。それほど、麻雀業は恥ずかしい職業なのでしょうか?警察に取り締まられているから後ろめたいと思っているのでしょうか。私は、娘が小学生のとき「パパのお仕事なーに?」と聞かれたときに、「麻雀の店をやっているんだよ。大人が仕事を終へて疲れを取るために麻雀で遊ぶところだよ。お前たちだって学校で勉強終わったら遊びたいだろ。大人も仕事ばかりでは体も疲れるし、心も病気になってしまう、大人だって遊ばなければならないんだよ」と説明していました。

 息子は小学2年生ごろから時々麻雀を教え、小学4年生のとき、井出洋介プロ(日本健康麻将協会特別代表)が3年連続名人位に就任のお祝いに創設した“親子実戦麻雀大会”現在は“親子ふれあい麻将大会”の4回目から出場し、父親のやっていることを見せてきました。6年生のある日、若者の雑誌“ブルータス”が親子大会の情報から“チビッコ雀士プロを負かす”なる企画があり、息子もその企画の取材を受けた。やらせは無かったが企画道理の内容になり、うれしそうに帰る道すがら私としては息子が父親の職業をどう見ているのかと思い確かめるために「将来パパの後を継ぐか」と向けてみたら{いいよ}という返事。
6年生で将来の職業が決定できるわけもないが、親の職業を恥ずかしいとは思っていなかったことが解り、私自身うれしかった。

 娘が高校生の時、ガラパゴスが雑誌“近代麻雀”で“変わったマージャン店”として紹介され、それを同級生の男の子から知らされ、「パパ、パパうちの店雑誌に広告を出したの」と聞いてきました。「広告じゃないよ、ガラパゴスが変わったことをやっているから取材されたんだよ」男の同級生が「いいな、おまえんち雀荘だなんて」と言われ、娘もうれしかった様子。

 息子が高校を終わって、その後どうするのか特に指示もせず好きにさせておきましたら、フリーの店(俗に言うリーチマージャン店)でアルバイトを始めました。すでにガラパゴスで高校時代から手伝わしてはおりましたが、正直私としては「健康麻将の店の家族がフリーの店で働くとは、ちょいと困り者だな」と思いました。しかし、ダメとは言わずにガラパゴスでのバイトの時はしっかり指導はしておりました。4年間4軒のフリーの店で携わって、ある日辞めてきました。なぜと尋ねると「商売としてフリーより健康麻将の営業の方が効率がいいし、お客さんやスタッフの人柄も自分に合ってる」と言うのです。「それじゃあ将来店の後を継ぐか?」「うん、いいよ!!」

 そんな経緯があって後継者が決まりました。経営セミナーに何回か通わせ、いまではセット営業の店長を務めています。うれしい限りです。店を将来にわたって続けられるとなれば投資も惜しまず出来ますし、なにより夢が出てきます、アイデアがどんどん湧いてきます。やはり、私のマージャンに対する考え方、姿勢は間違っていなかったなと自信が出てきた今日この頃です。                                   




 今月の話はいかがでしょうか。協会のおしらせ、麻雀界情報、健康麻将運営情報、びっくりした話、うれしかった話、こんなことをしたらお客様から喜ばれた等など、取りとめもなく書きますが、役に立たなければ笑ってください。参考になればどうぞ採用してください。それよりも皆さんからのいろいろな情報をお寄せいただきたいのです。

皆さんからも面白い話、出来事、アイデアなどなどお寄せください


                                                        日本健康麻将協会
                                                        理事長  田嶋智裕

送信日時 : 2005/05/10 17:02
----------------------------------------------------------
No5. 2005/5/10


●手始めは父が

 昭和26年、小4の時に父親が牌を¥4000で買ってきました。そのころではかなりの高い買い物だったとおもいます。背中に竹がない全体が練り牌でした。
日曜日に雨が降ると、父が仕事に行けないので、必ず、麻雀が習慣になりました。親としては雨で収入が無いのですから生活に影響するはずですが、子供たちは、日曜日に雨が降らないかと期待して待っていた記憶があります。20歳過ぎるまで、家庭麻雀しか経験がなく、麻雀は賭けるものだとは考えたこともありませんでした。

●麻雀を職業に

 28歳の時、自分で何か商売をすることになり、「麻雀なんかどうだ、お茶をいれてればいいんだぞ」の言葉に何の躊躇もせず何件かの店を見て、六本木の店を手に入れ、すぐ翌日から自分の店としてサービスに従事してきました。
 家庭麻雀で育ちましたから、麻雀に対する偏見はなく、「サラリーマンの方々の仕事のストレスを解消する場を提供しているのだ」と無我夢中で働いてきましたが、世間の目はそんなものではありませんでした。店内を改装しようと国民金融公庫に融資の相談にいきましたら、「おたくは遊びの商売だから。明日の手形が落ちない製造業の人たちが沢山いるのですから。」と言われたり、深夜12時過ぎに警察官が制服で立入り、お客様に警棒で卓を叩きながら「帰れ!帰れ!」と脅す有様。「麻雀がそんなに悪いものなのか」という思いは36年間持ち続けています。

●このままでいいのか

 「自分はこれでいいのか」とのおもいが16年経ったとき、同業の友人が、「麻雀は頭を使い、手指を動かし抹消神経を刺激してボケないらしいよ」と「これだ!」とり合えず「麻雀で生活をさせてもらっているのだから、麻雀のよいところを世間の人たちにお見せしよう」始めの取り組みが、老人ホームに牌と卓を届けて回りました。1年かかって12ホームに25卓お届けしました。次に、敬老の日に港区の高齢者をご招待して、麻布敬老麻雀大会を開きました。予想以上に40名も参加され、皆さんが喜ばれ、私も自信を持ち、「これは毎年します。是非来年も来て下さいね」1年間そのことばかり考えて来ました。そして2回目の敬老大会で皆さんに計画を打ち明けたのが、週1回、日曜日に麻雀を通した地域の人生の先輩の方々に社交場としてこの店を提供します。 これが20年前、健康麻雀の始まりです。


●自分の天職だ

 思考錯誤を繰り返しながら、皆さんの感謝の言葉と喜びに支えられ、いつまでも麻雀業でよいのかと言う思いから、今では自分の天職だと思っています。
仲間も増えて、16年前に日本健康麻雀協会も発足し、今では全国で90箇所で健康麻雀が開催され、約2万人の方々が楽しんでおられます。協会としては親子ふれあいマージャン大会16年、健康麻雀全国大会12年、日中麻雀文化交流ツアー10年、視覚障害者麻雀教室10年、レッスンプロ養成講座17回、などいろいろ麻雀の良い部分を取り上げて、アピールしていますが、最近では介護予防の観点から行政の高齢者対策課と一緒に健康麻雀を、杉並区、品川区、三鷹市、目黒区、相模原市、千葉市、京都市などで開催しています。

●麻雀だって文化交流ができる

 協会の事業の中でも中国との文化交流は、始めて4年目に中国政府が健康麻雀を理解し、それまで禁止していた麻雀を健康麻雀ならと許可し、新ルールを制定しました。その背景には、中国は一人っ子政策を100年実験するそうで、日本以上に高齢化社会がこれから深刻になる背景があったようでした。
協会は、麻雀を中国が国で認めた競技になったのを機会に、現在中国で表記している麻将を使うことにしました。協会の名称も日本健康麻将協会と表記します。

●発言しなかった多数

 健康麻将に携わっていろいろ分かったことがありました。今まで麻雀界はあまりにも強い人たちの発言権が色濃く反映され、彼らの思惑価値観で運営されてきすぎたと思うのです。
反対に、麻雀は好きだけどあまり強くない人や、上手でも高く賭けたくない人、また女性や高齢者の発言が無く、発言しない少数と片付けてきたように思います。ところが健康麻将を始めて判ったことは、彼らは発言しない多数だったのです。少なくとも麻雀は賭けるのがあたりまえと思っている人たちと同じ数だけいると思えるようになりました。

●運営方法

 ですから、健康麻将は、お年を召した方、初心者、ハンデキャッパー、の方々もみんな一緒に楽しんでいただいています。もちろん、技術の大きな差の人と一緒にゲームしても楽しさは今一つですが、こちらでもなるべく皆さんが楽しいゲームしていただけるよう努力していますが、高齢者の方、体がご不自由な方、初心者の方々と1局対戦しなければいけない時に、近い将来の自分を、あるいは、昔の自分を思い出してやさしく対応していただきたいのです。そのことをご理解いただいている方々が今現在お客様として、続いておられるのです。


 今月の話はいかがでしょうか。協会のおしらせ、麻雀界情報、健康麻将運営情報、びっくりした話、うれしかった話、こんなことをしたらお客様から喜ばれた等など、取りとめもなく書きますが、役に立たなければ笑ってください。参考になればどうぞ採用してください。それよりも皆さんからのいろいろな情報をお寄せいただきたいのです。

 皆さんからも面白い話、出来事、アイデアなどなどお寄せください

                           日本健康麻将協会
                           理事長  田嶋智裕
送信日時 : 2005/04/05 16:11
----------------------------------------------------------
                NO, 4   05/4/11

「点牌教室」(視覚障害者麻将教室)
 (あっ、いけない、振り聴になってしまった)これが、視覚障害者が発した言葉だと言ったら驚く方も多いでしょう。手づくりの段階で捨牌を見えるわけでなし、触って確認するわけでないのに、振り聴になってしまったことが分かっているのです。我々晴眼者=一般人は聴牌してから捨牌を見て「アッ、いけない、振り聴だ!」と初めて気づくことが多い中で、改めて視覚障害者の記憶力が晴眼者の常識をはるかに超えたところにあることに驚きました。

 「お父さんが一番強いんです」 初めての視覚障害者麻将大会から11年が過ぎました。こんな企画を考えたきっかけは30年前、NHKラジオ第2放送の「盲人の時間」の番組の中で、三国一郎さんがリポーターで、お父さんが視覚障害者の家庭を訪問している様子。家族が「うちではお父さんと一緒に麻雀を楽しんでいますが、お父さんが一番強いんです」という話。

 麻雀の職業に携わっていて、自分なりに職業の意義は自覚していましたが、世間一般の目にはまだまだマイナーなイメージが強く、このままで良いのか、何か麻雀を通して社会のためになることができないものか。との思いでいたところにこの話。しかし、自分一人では難しい、でもいつか視覚障害者の麻雀大会を実現したいと20年ほど暖めていたアイデアでしたが、この日本健康麻将協会ができて、よしこの仲間となら実現できると実行に移したのが、11年前の1994年6月でした。

 当日の朝、一転俄かに掻き曇り大粒の大雨が降り始め、初対面の、しかも、目の不自由な方が時間通りに集まるとも思えませんでした。しかし、集合の渋谷ハチ公交番前に10時半には申し込まれた30人全員が集合したのです。普通、何かをする時に決まって一人や二人少しは遅刻したりするものですが、この天候、視覚のハンデの方々が全員揃う、感動でした。ただただ驚きを超えて頭が下がる思いでした。
会場は宇田川町の島倉さんの店“朱雀”。すでに麻雀が出来る方が20人、初めての方10人で5卓が大会、3卓が教室として始めました。自動卓を使用、牌には麻雀用にとすでに開発されている透明な点字のシールを日本点字図書館で用意されてあり、事前に参加者の中の数人にボランティアで二日間来て貼ってもらいました。私たちが貼る事はできないのです。点字を読めないから。

 お手伝いが22人、は協会の会員で、強制したわけでもなく、皆さん自発的に参加したメンバーばかり。遠く盛岡から新幹線で駆けつけてくれた人や、ファン会員の一人は
20人分のお弁当を用意してくれたり、会場を無料で開放してくれたり、協会に関係ない若手プロが見学に来て、途中から「私にも手伝わしてください」とお弁当の用意や教える手伝いをしてくれたり、レッスンプロの資格者12名が大きな活躍をしたり、皆さん気持ちよくボランティアをしてくれました。井出代表も後で「今日は特に他のイベントのときより気持ちが充実していた、良いことをしたというのではなく、ボランティアをさせていただいてありがとうという気持ちだ」と表現していたのが印象的だった。

 点牌教室が毎月始まる。大会は予想以上に喜ばれ、初めての人には今日だけでなく定期的に教えてほしいと希望され、毎月第2土曜日に教室を始めることにしました。それには初心者だけでなく、できる人たちも必ず参加するようになりました。はじめは、盲牌教室と表現していましたが、点字の牌を使うことと聴牌に掛けて点牌(テンパイ)教室と名称をかえました。現在は協会の施設「五反田ふれあい研修サロン」で毎月第2土曜日にボランティアスタッフを含めて20〜28人のメンバーが集まり、ものすごく楽しくゲームしています。ボランティアは視覚障害者にお世話をするのではなく、仲間と一緒に楽しく遊ぶことを心がけています。興味のある方は遊びにきてください。また、自分でもやってみたいと思われる方は、各都道府県に盲人福祉協会があります。相談してみてはいかがでしょう.また、聴覚障害者の方々も麻雀が出来る人たちがいます。どなたか手がけてみませんか。
 
上山を向こう側に下ろして平面でゲームすることが一般と違うところです。
1. 上山は向こう側に下ろし平面でゲームする。
2. 配牌時4枚取ったら「ハイ」と次の人に知らせる。
3. 捨牌は呼称する。
4. リーチを掛けたら、以前の捨牌を読んで確認する。
5. アガったら、手牌を全部読み上げる。
 以上が一般の麻雀とは違うところでしょうか。

 視覚障害者の能力で驚いたこと は
1. 上手な人は4人の点棒を100点棒まで覚えていること。
2. 何の牌が何枚出ているかは大体分かっている。
3. 声で人を確認するのが早い。
4. 目で確認しないのに自分の振聴が分かっている。
5. ひとの電話番号は瞬間に覚えてしまう。 など。
想像以上に視覚障害者の記憶力が我々晴眼者より秀でていることに驚いた。人間は五感の一つが失われると、他の能力が補って余りある能力を発揮してしまうのか。

 今月の話はいかがでしょうか。協会のおしらせ、麻雀界情報、健康麻将運営情報、びっくりした話、うれしかった話、こんなことをしたらお客様から喜ばれた等など、取りとめもなく書きますが、役に立たなければ笑ってください。参考になればどうぞ採用してください。それよりも皆さんからのいろいろな情報をお寄せいただきたいのです。

 皆さんからも面白い話、出来事、アイデアなどなどお寄せください

                           日本健康麻将協会
                           理事長  田嶋智裕

送信日時 : 2005/03/24 13:34
---------------------------------------------------------
NO.3

 健康麻将開催店の皆さん、こんにちは。やっと少し暖かくなってきたと思ったらスギ花粉アレルギーの時期です。日本人の4人に一人だそうですからあなたもひょっとしてクションクションですか?わたしも20年以上前からの筋金入りのアレルギー鼻炎ですが、今回はスギ花粉アレルギーによる、鼻づまりを克服する方法を私の体験からお話しましょう。

 鼻づまりはうっとうしく思考能力も減退します。何をやるのも面倒くさく生活の意欲も阻害されます。20数年前、スギ花粉アレルギーという病名も無かったころ、四六時中鼻がつまり、アルコールを飲もうものなら、酸素の無くなった水槽の金魚のように口で呼吸をしていました。夏の昼下がり、暑くて水のシャワーを後頭部にかけたとき、一瞬鼻が通ったのです。「この冷水浴はいいのかもしれない」と思い夏の間ずっと続けました。
 秋になり風呂上りに水をかけ、冬になって自分で何か理由をつけ、今日はやめておこうと何度も思ったことか。しかし、せっかく体に良いことを始めたのだからと思い直し、2年目の冬が始まる11月、かなり水が冷たくなってきた時、その水の冷たさが何とも心地良かったのです。きっと体が変化したのだと思います。

 息子が喘息で川崎市の喘息学級に6年生の1年間寄宿生活をし、家族訪問の際、朝起きると全小学生28名がパジャマで風呂場にゆき、冷水浴をするのが日課の始まりだと報告を受け、やはり体に良いことなのだとしりました。2年過ぎたころから片方の鼻がときどき通るようになり、3年過ぎに片方は常時通り、4年目に、もう片方も時々通り、5年過ぎて両方が常時通っていました。そして、気がついてみましたら、しばらく風邪を引いていないことでした。それまで毎年空気が乾燥してくると必ず扁桃腺から高熱が出る風邪を引いていたのですが、それ以降、「たまには風邪でもひいて休みたいな」と思っても風邪が引けない体になってしまいました。

 麻布十番温泉に市場調査がてら湯に浸かりにいくのですが、ソビエト大使館(15年前)の男性が2人入ってきて、熱い湯船から上がると冷水浴、また湯に入る、これを何回も繰り返していました。自分と同じことをやっているのでたずねてみるとロシアでは常識で、誰でもやっているという。そういえば、同じ寒い国のフィンランドではサウナから出て雪の中を転げまわるとか。寒い風土での生きる知恵なのかと納得したのでした。

 湯と冷水を繰り返すと、体の冷水を拒否する気持ちが半減してきます。また、30代は冷性で、冬は行火(あんか)を入れないと寝られなかったものですが、今では、冬でも、毛布と布団1枚で熟睡しています。もし、始めてみようかとお思いの方は、風呂上りにくるぶしの下だけ少し長く、水かけしてみてください。安眠できます。そして、春から夏にかけて、だんだん上までかけ、真夏に頭からかけたらもう絶対にやめない。体が変わります。エネルギーが満ち溢れてきます。体に自信がつきます。


 協会のおしらせ、麻雀界情報、健康麻将運営情報、びっくりした話、うれしかった話、こんなことをしたらお客様から喜ばれた等など、取りとめもなく書きますが、役に立たなければ笑ってください。参考になればどうぞ採用してください。それよりも皆さんからのいろいろな情報をお寄せいただきたいのです。

 皆さんからも面白い話、出来事、アイデアなどなどお寄せください

                         日本健康麻将協会
                         理事長  田嶋智裕

送信日時 : 2005/02/24 14:26
----------------------------------------------------------
NO, 2   05/2/14

 健康麻将開催店の皆さん、こんにちは。1月発行の1号はいかがだったでしょうか。添付の役満認定証をご自分でも採用してみたいご希望でしたら、各店の名前で用紙を作成します。
これからも協会のおしらせ、麻雀界情報、健康麻将運営情報、びっくりした話、うれしかった話、こんなことをしたらお客様から喜ばれた等など、取りとめもなく書きますが、役に立たなければ笑ってください。参考になればどうぞ採用してください。それよりも皆さんからのいろいろな情報をお寄せいただきたいのです。

・血液型麻将大会

 04年5月31日に「血液型麻雀大会」を企画いたしました。私の愛読している“竹内久美子”京大出身の動物行動学者の血液型の本「小さな悪魔の背中の窪み」新潮文庫。を読んでいて、“血液型は病原菌と病気を介して性格に影響する”というもので、それは面白く、何度も読んでいるうちに血液型麻将大会を思いついたのです。

 この大会、予想以上に人気があり、参加者は満卓の56人でした。内訳はA型16名、14名O型14名、B型18名、AB型8名でした。日本人の血液型比率が4:3:2:1なので、参加者中のB型比率が特に多い。事前に麻雀プロにB型が多いと聞いていたので、B型は麻雀が強いのか、麻雀好きなのか興味を引くところだった。
 競技方法は、AB型が8名なので、8卓は1卓に4種類の血液型の人を振り分けて対局してもらった。
結果は、個人優勝はA型の人でしたが、10位までにB型4人、A型3人、O型3人、平均点では、B型がやはり強かった。別表参照。

  参加者 血液型による平均点
   B型 (18名) 129,000 
   >BとABの差6,838点
   AB型(8名) 122,462点
   >ABとOの差  376点
   O型(14名) 122,086点
   >OとAの差 2,430点
   A型(16名) 119,656点 

是非皆さんも血液型大会をやってみてください。

 皆さんからも面白い話、出来事、アイデアなどなどお寄せください

                          日本健康麻将協会
                          理事長  田嶋智裕
送信日時 : 2005/01/19 15:34
----------------------------------------------------------

NO, 1   05/1/12

 健康麻将開催店の皆さん、こんにちは。
 多くの皆さんにご無沙汰していますが、お元気でご活躍のことと思います。
 日本健康麻将協会の田嶋です。
 協会と皆さんとのコミュニケーションが常日頃少ないように思っていました。協会からのお知らせ、ご案内、請求書、販売促進の麻将グッズなどお送りするものは少なくはないのですが、どうも事務的なものだけで、もっとハートでお互いにつながりたいと希望していました。
 去年の理事会で提案しまして、毎月1回 ”理事長たより“ をだすことにしました。

 協会のおしらせ、麻雀界情報、健康麻将運営情報、びっくりした話、うれしかった話、こんなことをしたらお客様から喜ばれた等など、取りとめもなく書きますが、役に立たなければ笑ってください。参考になればどうぞ採用してください。
 それよりも皆さんからのいろいろな情報をお寄せいただきたいのです。

・麻将交流訪中

  11月5日から10日まで第10次日中友好健康麻将交流訪中団として、協会顧問の法政大学教授・江橋崇先生と江蘇省の周庄・泰興・泰州・揚州・を回り・泰州では市民と国際麻将ルールで、20人対20人の交流大会が盛り上がりました。
 言葉がうまく通じなくても麻将ができるということは、お互い共通の言語を共有していることだと実感しました。中国選手がかなり強い手でせめてきている。こちらがそのひとに強い牌を捨てる。“を、強いじゃないか”と目と目が合ってお互い“にやっと”心が通う。
 その後の祝賀パティーではお酒と筆談でおおいに盛り上がり、国家間には多くの問題があって中々うまくいかないようですが、民間外交はやってみると意外と効果があがるようです。

・こんな事って有るの

 去年の11/21(日)のことです。健康麻将の朝1卓目、18年来の会員さんで80歳をすぎたご婦人がトリプル役満(※1)をツモりました。それもフリテンで。

 聴牌形12巡目もちろんメンゼン

   東南南南西西西北北北白白白
       
 ここに80歳のご婦人は「東」をツモったのです。
 朝の1卓目ですから、2卓目で始めようと思ったが、すごい手をやっているので周りでギャラリーとしてみていた人が、歓声を上げたのは無理もない。次の瞬間そのギャラリーたちが“あっ”と声も出ないことが起こったのです。
 その80歳のご婦人が、暗刻の「白」をなんの躊躇もせず捨てたのです。ギャラリー達が大騒ぎしたのは当然。本人は当然のことをしたのになぜ騒ぐのか“キョトン”
 ゲームは続き、2巡後なんと「東」をツモったのです。

   東東南南南西西西北北北白白 ツモ 東

 かくして前代未聞の四暗刻・字一色・大四喜が完成したのです。しかも振聴ツモで。

 ギャラリーも開いた口がふさがりません。しばらくして大拍手が起きたのは言うまでもありませんでした。麻雀ってなんて面白いのでしょう。健康麻将開催店冥利に尽きる出来事でした。添付役満認定証(画像)参照。

 皆さんからも面白い話、出来事、アイデアなどなどお寄せください

                          日本健康麻将協会
                          理事長  田嶋智裕


※1 事務局補足
 「健康麻将全国オープン戦」では役満の複合はありません。
 この手はとっても珍しいですが、点数上は子なら8000・16000
 親なら16000オールです。残念な気もしますが、素晴らしい手
 であることには変わりはありませんね。