5.ハルビンの残影

 九月二十三日、北京空港から、黒龍江省の省都ハルビン空港へ。
 昼食後、「731部隊陳列館」見学。日本では、「石井細菌部隊」といったほうが分かりやすいかも知れない。
江橋団長の話によると、もともとは、寒冷地における凍傷治療や外地での防疫を研究するのが目的であったという。
極寒の地や大陸の風土に慣れていない日本人兵士を守るための研究に端を発したのであるが、それがエスカレートして、細菌兵器や毒ガスの開発、さらには中国人を使って生体実験までした、という残虐な記録が残されている。
その夜、旧キタイスカヤの中央大街を散策。ネオンに彩られた明るい雰囲気の大通りは、昼間味わった私たちの暗い記憶を一時忘れさせてくれる。ここでは、自由行動が許され、ショッピングに勤しむ。
ある時期の歴史を走馬灯のように記せば、ハルビンは、ロシア人が精魂こめてつくった街である。その後、日本人が関東軍を中心にこの街を統治。関東軍の傀儡国家である満州国時代を経て日本の敗戦を迎える。したがって、ロシアと日本の残影をほんの少し今でも垣間見ることができる。
わたしにとっては、もっとも関心のある街であった。
『麻雀四季報』に「将軍雀士 熱海三郎の謎」を連載しているが、この本編の主人公・熱海三郎少将は、ハルビン特務機関にいた。
敗戦とともにシベリアに抑留されるのだが、昭和初期、関西麻雀連盟初代会長であった軍人雀士の数奇な運命を想像することができた。

6.伊東さんの誕生会

 この日の夕食は、有名レストランでロシア料理を賞味。
 ここで、ほほえましい話題を一つ紹介。
 席上、団員の伊東淳さんの誕生日が発表され、にわかにバースデイ・パーティの気分が盛り上がった。
 伊東さんをテーブル中央に招き、そこには鳴り物入り(音楽)のデコレーション・ケーキが置かれた。
 伊東さんが、ローソクの火を消し、誰かがケーキの切り分けをした。そのころ鳴り物にスウィッチが入り、それは軽快な響きを出した。
 「今夜ほど感激したことはありません」
 伊東さんの挨拶でパーティは終わったのであるが、鳴り物は止まらない。音源を止めるスウィッチが無い。
 結局、この鳴り物はその夜の食卓で鳴り続けた。
 後で分かった話だが、翌朝も翌々朝も、帰国の途でも、帰国後も鳴り続け、止まったのは十月六日だったという。
 この間、中国の鳴り物に祝福され続けた伊東さんは、どのような気分だったでしょうね。


団員の伊東さんの誕生祝い。
写真左下のバースデー・ケーキに仕掛けが・・・
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